まさか,こんなに早く羽化するとは思いませんでした。
キチョウの蛹が付いているハギの枝先を折り取って来て,とりあえず机の上に置いて,ふと見ると,蛹は空になり,しわしわの翅をしたチョウが枝にぶら下がっていました。
蛹は黒ずんでいなかったので,まだ羽化は先だろうと思っていました。

急いでカメラを準備したものの,やっと撮った[写真2]は翅がもうひろがっています。
アゲハチョウなどは,濡れている翅を乾かすように翅を開いたり閉じたりして,ひろがるのに結構時間がかかります。
キチョウは,翅が小さいせいか,翅をばたつかせることもなく,あっという間に皺がのびてしまいました。

3日前に,今回蛹を採取したハギの木のまわりを,3頭のキチョウがゆらゆらと飛び交っていました。[写真4]
ひょっとしたら卵を産みつけているかもしれないと思って,今朝(10/20)捜していたところ,蛹を見つけたのでした。

[写真4]を見ると,翅表の黒斑が透けて見えます。
翅裏に斑点はありません。
それに対して,羽化したキチョウの翅裏には褐色の斑点がたくさんあります。[写真2][写真3]
翅表の黒斑は透けて見えません。

3日前のキチョウは夏型で,今朝羽化したキチョウは秋型です。
[写真5][写真6]の右側が3日前のキチョウの翅,左側が今朝羽化したキチョウの翅。

学研『日本産蝶類標準図鑑』(2006年)を見ると,従来のキチョウは2種類に分けられ,南西諸島にいるものを「キチョウ」,本土にいるものを「キタキチョウ」と呼ぶようです。
京都にいるキチョウは,正確には「キタキチョウ」ということになります。
2種類に分けるようになった経緯について,同書のキチョウの項目に次のように書いてありました。

石垣島のキチョウが日本本土産の「キチョウ」 (現在ではキタキチョウ)とは食草の選択性が違うことが報告された後に,沖縄島産のキチョウに性質の違う2通りのものが存在することが明らかになった。その一つは前記の石垣島産とほぼ同様の食性をもつ亜熱帯型(a)でこれはハマセンナを好み,他の一つは日本本土産に近い食性をもつ温帯型(b)である。この両者は季節型の発現様式が異なり, (a)では低温期型(冬型)でも前翅外縁の黒縁が細いがはっきりと残るもので,これらの季節的反応が上記の食性とリンクしていること,また電気泳動法によるアロザイム分析でも両者の差違は明瞭で,遺伝的にもかなり異なったものであることが判明した。これらの結果から,南西諸島には2種いると推測され,石垣島型のものはキチョウ,本土型のものはキタキチョウとして分離されたC次種キタキチョウとの区別点は, 1)本種の縁毛は黒と黄色が混ざるのに対して,キタキチョウでは黄色のみ, 2)外縁の黒色部の発達がキタキチョウよりよく,特に低温期型では次種がほとんどなくなるのに対して,本種では黒縁として残る, 3)裏面前翅にある赤褐色紋は一般的に本種の方が発達する,などの差があるが,区別するのには熟練を要する。すべての季節型を通じて♂の翅表は鮮黄色,♀では淡黄色。また♂では前翅裏面中脈(中室下線の翅脈の)両側に沿って光沢をもつ性斑があり,これはふつうの形の展翅標本では後翅の前縁が重なっているので見え難いが,透過光線ですかして見ると,この性斑が明瞭な暗斑となって見えるので,性の判定は容易である。夏型では翅表の黒縁は強く発達し, ♂♀ともに前週第2,3室において黄色の地色は黒縁中に膨出して特異な形を呈する。なお,本種はミナミキチョウの名で呼ばれることもあるが,種 hecabe が本種を指し,また同時にキチョウを指していたことより,本書ではキチョウの和名を使用する。

日本産のキチョウのうち,日本全土から見れば一部である,南西諸島にすむものを従来通り「キチョウ」と呼び,その他の大部分の地域にすむものを「キタキチョウ」という名前に改めています。
それならば,本土にすむものを従来通り「キチョウ」と呼び,南西諸島にすむものを「ミナミキチョウ」と呼ぶ方が影響が少ないように思えます。

しかし,上記の経緯を読むと,キチョウに2種類いることが発見されたのは沖縄で,沖縄に多いキチョウがEurema blanda (Boisduval,1836)(従来のキチョウの学名)ならば,沖縄から見て北に生息する別の種類のキチョウはキタキチョウとなるのは当然かもしれません。
キタキチョウは新種というわけではなく,Eurema mandarina (de l’Orza,1869)という学名があるようです。

普通種の知見を一変させるような,こういう影響力のある大きな発見をすると,うれしいでしょうね。