石垣に垂れた細い蔓に,藍黒色の丸い実がついていました。[写真1]
アオツヅラフジの実です。
拡大した写真で見ると,まるでブドウの房のように見えますが,直径8mmほどの小さな実です。[写真2]
漢方薬にもなるので大丈夫だろうと,一粒食べてみました。
甘くも,苦くも,酸っぱくもなく,特に味らしいものはありませんでした。

実の中には,アンモナイトのような形をした核が入っています。[写真3][写真4]
これは梅干しの種のようなもので,このなかに本当の種子がはいっています。
[写真5]は,核を輪切りにして中をみたもの。
白っぽいナッツのような種子がはいっていました。

『牧野新日本植物図鑑』(1961年)には,「つづらふじ(あおかずら,あおつづら,つたのはかずら,おおつづらふじ)」の実について次のように書いてありました。

花がすむと黒色球形の核果が実り,核は扁半月形で,背部には横にうね状の突起がある。本種から「シノメニン」という薬品を作り,また葡萄茎を種々に用いるので,ツヅラという名で売られている。

私はこれがアオツヅラフジだと思っていましたが,間違いでした。
「アオツヅラフジ」は,牧野植物図鑑では「かみえび」として記載されています。
同書,「かみえび(ちんちんかずら,ぴんぴんかず)ら」の実の説明には,次のように書いてありました。

秋に球形の液果状の核果をみのらせ,黒く熟し,果面は白粉を帯び,径は5~8mmぐらいある。核はいびつな馬蹄形で,背部に小突起がある。

ツヅラフジの核は「扁半月形」,カミエビ(アオツヅラフジ)の核は「いびつな馬蹄形」となっています。
[写真3]だけをみると「扁半月形」なのか「いびつな馬蹄形」なのか判然としませんが,ツヅラフジの核の写真と見比べると,確かにツヅラフジの核は「扁半月形」で,アオツヅラフジの核は「いびつな馬蹄形」といえます。

ツヅラフジとアオツヅラフジの違いは,核の形だけではなく,葉柄の長さにもあります。
同書にはツヅラフジの葉について,次のように書いてありました。

葉は互生で長い柄があり,平円形,広卵形,掌状多角形あるいは掌状多浅裂などで,基部は心臓形,普通無毛であるが,若葉の裏には若い枝と同様に毛がある。

アオツヅラフジ(カミエビ)の葉については,次のように書いてありました。

葉には長さ1~3cmぐらいの葉柄があり,互生し,卵形または広卵形で全縁,先端は鋭形あるいは鈍形,時には株によって3浅裂し,表裏ともに短毛があり,葉の長さは5~8cmぐらいである。

アオツヅラフジの葉柄が「長さ1~3cmぐらい」なのに対して,ツヅラフジは「長い柄」があるのです。(ほかの図鑑によると,ツヅラフジの葉柄の長さは5~10cmとなっています)
この個体の葉柄の長さは1.5cmほどでした。[写真6]

牧野富太郎は『植物一日一題』(1953年)で,カミエビをアオツヅラフジと呼ぶことに対して憤慨しています。

 私は今植物学界の人々ならびにその他の人々に向かってアオツヅラフジの名を口にすることを止めよ! と絶叫するばかりでなくそれを止めるのが正道で,止めぬのは邪道であると公言することを憚らない。何んとなればツヅラフジ科のCocculus trilobus DC.(=Cocclus Thunbergii DC.)は断じてアオツヅラフジではないからである。
 しからばそのアオツヅラフジとは一体どんな植物か,すなわちそれはアオカヅラ(『本草和名』,『本草類編』,『倭名類聚紗』),一名アオツヅラ,一名アオツヅラフジ,一名ツヅラカヅラ,一名ツヅラフジ,一名ツヅラ,一名ツタノハカヅラであって普通にはツヅラフジと称える。すなわちこれを学名でいえばSinomenium diversifolium Dielsで,もとはCocculus diversifolius Miq.と名づけられたものだ。

しかし牧野富太郎の主張は聞き入れられなかったようで,現在ではカミエビをアオツヅラフジと呼ぶことは定着しており,1997年発行の『原色牧野植物大圖鑑』でも,「アオツヅラフジ(カミエビ,チンチンカズラ,ピンピンカズラ)」「ツヅラフジ(ツタノハカズラ,オオツヅラフジ)」として載っています。

ちなみにカミエビ,チンチンカズラ,ピンピンカズラの語源について,『牧野新日本植物図鑑』(1961年)には次のように書いてありました。

カミエビのカミは神のことで,エビはエビヅルに基ずいた名であろう。一名をピンピンカズラ,チチンチンカズラというが,これは,多分つるを張りつめてはじくと音を出すので,これに基ずいたものであろう。