ひと月ほど前から,疎水の浚渫工事が始まっています。
疎水の水位が下げられ,南禅寺舟溜まりからインクラインへ上るあたりは,干上がって黒い泥が露出しています。[写真3]
乗っても大丈夫そうなので,降りてみました。

この場所は,夏の間,水面いっぱいにヒシの葉が繁茂していたところです。→2015/9/26
泥の表面をよく見ると,あちこちにヒシの実が突き刺さっています。[写真1][写真2]

実には2本の鋭い棘があり,棘の先にはぎざぎざの「かえし」がついています。[写真6]
ヒシの棘の機能については2説あります。
一つは水鳥の羽毛に付着して遠隔地に散布するためというもの,もう一つは流されないよう水底に固定する錨の役割をするというものです。
INAXギャラリー『種子のデザイン』(2011年)には,次のように書いてありました。

 ヒシのトゲは謎に満ちている。種類により,また同じ種類の中でも複数の異なる機能を果たしているようだ。一つは水鳥の羽毛に付着しての散布。ヒメビシのような小型の種では,確実にこの役割を果たしていると思われる。しかし難点もある。親株から離れた熟果は水に沈んでしまうし,その時点ではトゲは皮に包まれ完全には露出していないこともあるからだ。
 もう一つは水底へのアンカー。ヒシが最初に出す根は地中に伸びずに水中に伸びていく。だから茎を固定する錨が必要なのだ。

この場所に限定して考えれば,水鳥に付着するためという説はありえないと思います。
周辺に落ちているヒシの実を見た限りでは,棘に羽毛が付着しているものはなく,普通に考えて,ここにある実は全て,昨年この場所で成長したヒシが結実し,落下したものと考えるのが自然です。
ヒシの実が結実している時期に渡り鳥はおらず,冬鳥がやってくる時期にはヒシの実は全て水底へ落下してしまっています。
この場所では,ヒシの実と水鳥との接点がありません。

ヒシが本気で水鳥を使って付着散布をおこなおうとするのであれば,熟したヒシの実は水に浮いて漂い,水鳥との接触の機会を増やす必要があるのではないでしょうか。

泥の中に突き刺さっているヒシの実の姿を見ると,やはりアンカー説が妥当なような気がします。[写真1][写真2]
ヒシの実を人面に例えると,頭に当たる部分から発芽し,水面を目指して茎を長く伸ばしてゆきます。
根は,顎にあたる部分から発根して地中に伸びてゆきそうですが,そうはならずに,水中に伸びた茎から発根します。
根が地面に到達するまでは,茎を固定しているのは,地中に刺さった棘の部分だけです。
もし棘に「かえし」がなくすぐに抜ける状態であったならば,茎は安定せず,根は地面に到達することはできないのではないかと思います。
棘を切り取った実で,発芽実験をしたら面白そうですね。

[写真11]は昨年みつけたヒシの実です。→2015年7月23日
絡まった長い茎の先に,実がくっついていました。
この時は,茎の先に実がなっていると思っていたのですが,じつは反対で,茎は実から発芽して成長したものだったのです。
中身もしぼんだように空になっていたため「しいな」だと思っていましたが,実際は茎や葉を成長させるために,栄養分を使い果たした後の姿だったようです。[写真12]