藪のなかの木にからみついたサネカズラに,紅い実がなっていました。[写真1]
ゼリーのような質感をした花托のまわりに,5mmほどの大きさの丸い果実が,球状にくっついています。[写真2]
それぞれの果実の中には2個の種がはいっていました。[写真5]
腎臓形をした,意外なほど艶々した種子です。[写真6]
この光沢のある表面は,実を食べた鳥が種子を消化してしまわないように,保護する役目をしているのかもしれません。

お正月に「サネカズラ」の名を聞くと,どうしても百人一首を思い出しますね。

名にし負(お)はば逢坂山(あふさかやま)のさねかづら 人に知られでくるよしもがな<(三条右大臣)

この歌に出てくる「逢坂山」は,九条山から三条通りを東へ7キロほど行ったところにあります。
国道一号線を使って京都から琵琶湖へ行くときには必ず通るのですが,今ではただの峠道で,ほとんどの人は,そこがあの有名な「逢坂山」だとは気付かないようです。

古典に出てくる植物や虫の名前は,時代によって別の種類と入れ替わることがあり,ややこしいのですが,サネカズラは万葉集の時代から,「さねかづら(さなかづら)」で変わっていないようです。
「さねかづら」の「さね」を「さ寝」(「さ」は接頭語。「ね」は下二段動詞「ぬ」の連用形の名詞化。男女が一緒に寝ること。)との掛詞として,男女の恋歌によく使われています。
また,「逢う」「来る」の枕詞ともなっています。
小学館『日本国語大辞典』(1980年)によると

はいまわった蔓が末で逢うということから「逢う」「のちに逢う」にかかる。また,蔓をたぐるということから,「繰(く)る」と同音の「来る」にかかる。

サネカズラの語源については,牧野富太郎著『植物一日一題』(1953年)には次のように書いてありました。

サネカズラは実蔓(サネカズラ)の意でその実が目だって美麗で著しいから,それでこのような名で呼ばれるようになったのだ。

このサネカズラは昔それをサナカズラといったとある。そしてその語原は滑(ナメ)りカズラの意で,サは発語,ナは滑りであるといわれ,このサナカズラが音転してサネカズラとなったとのことであるが,私はその解釈がはなはだややこしく,かつむつかしく,そしてシックリ頭に来なく感ずる。

小学館『日本国語大辞典』(1980年)には,語源説として次のように書いてありました。

(1)サナカヅラの音転〔大言海〕。(2)ナメリ(滑)があるところから,サネはサナメ(真滑)の約〔古事記伝〕。マヌル(真滑)の義〔雅言考〕。(3)サはサ(五),ネはナメ(味)の反〔名語記〕(4)サネカツラ(実蔓)の義〔名語記・言元梯・名言通〕。(5)サネ,またはサナという名の蔓草の義〔万葉集講義=折口信夫〕。

要は,冬になる赤い実に着目して「実(さね)」と呼んだと考えるのか,茎からとれる粘液に着目して「滑(なめり)」と呼んだと考えるのか,の二つに集約できるようです。
現代ではサネカズラの茎から粘液がとれることはすっかり忘れられていますが,昔は髪油や製紙用の糊料として一般的に用いられていたようです。
髪油として用いられたことから,サネカズラには美男葛(ビナンカズラ)の別名もあります。
『植物一日一題』には,次のようにあります。

サネカズラには美男蔓の名がある。これにこんな名のあるのはその嫩(どん=若い)の枝蔓の内皮が粘るから,その粘汁を水に浸出せしめて頭髪を梳(くしけ)ずるに利用したからである。これは無論女が主もにそうしたろうから,美女蔓の名もありそうなもんだがそんな名はなく,美人ソウの名のみがある。

また,サネカズラの学名 Kadsura japomica の Kadsura は日本語のカズラからきています。
この学名がつけられた経緯に関して,『植物一日一題』には次のように書いてありました。

 このサネカズラの属名をKadsuraと称するが,これは西暦1713年に刊行せられたケンフェル(Kaempfer)氏の著『海外奇聞』 (Amoenitatum Exoticarum) にSane Kadsura(サネカズラ)とあるのから採ったもので,これへズナル (Dunat) 氏がjaponicaなる種名〔種小名〕をつけてKadsura japomica Dunalの学名をつくったものだ。