動物園の塀に小さなアブがとまっていました。[写真1]
体の下に捕えた虫を抱えこんでいます。[写真2]
口吻を突き立てて体液を吸っているところのようです。
カメラを近づけても,こちらを気にする様子がありませんね。
こんなに無防備で,鳥などの捕食者に狙われることはないのでしょうか。

捕まえて持ち帰り,名前を調べてみました。
虫を捕まえるアブ,ムシヒキアブのなかまのようです。
アブ類のなかまは哺乳動物の血を吸いますが,ムシヒキアブのなかまは虫の体液を吸い取ります。

北隆館『新訂 原色昆虫大図鑑 第3巻』(2008年)の「日本産ムシヒキアブ科の亜科の検索表」で検索してみました。
最初は翅のr1室が閉じているかどうかの判定です。

1. 翅のR2+3脈が独立に翅縁に達するために翅のr1室(R1縁室)は翅縁に開く……2
― 翅のR2+3脈がR4脈に融合するためにr1室は閉じる……6

昆虫の翅には翅脈(しみゃく)といわれる,いくつにも分岐した筋があります。
昆虫の種類によって分岐のパターンは異なり,分類上需要な目安になります。
脈と脈の間を「翅室(ししつ)」といい,r1室とはR1脈と他の脈とに囲まれた翅室をいいます。

[写真6]は,Information on Robber Flies というサイトに載っていた図をもとに,翅脈と翅室の名称をあてはめたものです。(径脈(R)関連のみ表示しています)

これを見ると,r1室は閉じているのが分かります。
しかしR2+3脈はR1脈と融合しており,R4脈には融合していません。([写真6]丸印の箇所)
そもそもR2+3脈がR4脈に融合してもr1室は閉じることにはなりません。
「翅のR2+3脈がR4脈に融合するためにr1室は閉じる」は「翅のR2+3脈がR1脈に融合するためにr1室は閉じる」の誤植ではないかと思うのですが,よくわかりません。

とりあえずr1室が閉じているので 6 へ進むと,次は触角刺毛(端刺)があるかどうかの判定です。

6. 触角刺毛(端棘)を欠く……イシアブ亜科 Laphriinae
― 触角刺毛をもつ…… 7

[写真5]を見ると明らかに端刺があるので, 7 に進みます。

7 は端刺が羽毛状がどうかの判定です。

7. 触角刺毛(端棘)が羽毛状になる……クシヒゲムシヒキ亜科 Ommatiinae
― 触角刺毛は羽毛状にならない…… 8

[写真5]のとおり端刺は羽毛状ではないので, 8 に進みます。

8 は亜縁室の数の判定です。

8. R4脈はR2+3脈と融合するために亜縁室は3室……シオヤアブ亜科 Apocleinae
― R4脈はR2+3脈とは独立に翅縁に達するために亜縁室は2室……ムシヒキアブ亜科 Asilinae

[写真6]を見ると,R4脈はR2+3脈と融合せずに翅縁にまで達しているので,ムシヒキアブ亜科ということになります。

「亜縁室」というのがよくわかりませんが,Information on Robber Flies の図にある「submarginal cell」に該当するようです。
「marginal cell(縁室)」から派生したcellを意味するのでしょうか。
同サイトの図では
r1 …… marginal cell(縁室)
r2+3 …… 1st submarginal cell(第1亜縁室)
r4 …… 2nd submarginal cell(第2亜縁室)
r5 …… 1st posretior cell(第1後室)
となっていました。
亜縁室は2室です。

同書に載っているムシヒキアブ亜科の種は,トラフムシヒキ,サキグロムシヒキ,アガリケムシヒキ,シロズヒメムシヒキの4種類です。

その中では,シロズヒメムシヒキが該当しそうです。(→続く