イヌビワに青い実がついていました。[写真1]
といっても,これは実ではなく花嚢です。
イヌビワはイチジクの仲間で,果実のような花嚢をつけます。
食用になるイチジクの実が,じつは花の集まりであることはよく知られています。
イチジクの仲間は,果実状の袋のなかに花が咲いているのです。
しかし,花嚢の中の花はどうやって受粉をするのでしょうか。
考えてみると不思議です。
イチジクの仲間の受粉には,長い進化の歴史のなかで形作られた巧妙な仕組みが存在するようです。
文研出版「イヌビワとコバチのやくそく」という本を元に,すこし調べてみました。
イヌビワの花粉のやり取りを媒介するのは,イヌビワコバチというただ1種類の虫のみです。
この虫だけがイヌビワの花粉を運びことができるため,この虫がいなければイヌビワは種をつけることができません。
イヌビワコバチの方も,ライフサイクルを完全にイヌビワに依存しているので,イヌビワがなければ子孫を残せません。
こうした2種類以上の生物が互いに影響を与えながら進化することを「共進化」といいます。
枝についている青い花嚢を切ってみました。[写真2][写真3]
丸い粒々がたくさん詰まっていますが,これは雌しべの子房の部分がふくらんだものです。このなかにイヌビワコバチの幼虫が入っています。
子房が虫こぶになっている,この状態では当然種子はできません。
イヌビワはイヌビワコバチを越冬させるためだけに,冬にも実をつけているのです。
春になるとイヌビワコバチのオスがメスより先に虫こぶを脱出し,メスのいる虫こぶに穴を開け交尾器を差し込んで交尾します。
オスの役割はここまでです。
オスには羽もなく,花嚢のなかで一生をおえます。
メスは,オスが開けた穴から虫こぶを出て,さらに花嚢のりん片をとおり抜け外へ抜け出します。
[写真5]は花嚢の頂上にあるりん片です。
今の時期りん片は固く閉じられていますが,イヌビワコバチが脱出する頃にはりん片がゆるみ,出入りがしやすくなるそうです。
メスバチが花嚢を脱出する際に,りん片近くに咲いている雄花の花粉がメスバチの体につきます。
[写真4]はりん片付近の様子。
飛び立ったメスバチは,春になって新しく成長した若い花嚢に入り込み,雌しべに産卵します。
イヌビワには実をつける雌株と,実をつけない雄株とがあり,この時期花嚢をつけているのは雄株だけです。
雌株は花嚢をつけていないので,飛び立ったメスバチはイヌビワの受粉を助ける働きは全くしていないことになります。
それが分かっていてイヌビワが春に花嚢をつけるのは,イヌビワコバチの数を増やすためです。
メスバチが産卵しなかった花嚢は,逆に枝から落ちてしまいます。
7月になり,春のころより何十倍も数の増えたイヌビワコバチが飛び立ちます。
この時期になると雌株も花嚢をたくさんつけています。
花粉をたっぷり体につけたメスバチが雌株の花嚢へ侵入し,花嚢内を動き回るので,花粉が雌しべにつきます。
メスバチは当然,産卵するために花嚢内に入るのですが,雌株の雌しべは花柱が長く,メスバチの産卵管は子房に届かず,産卵することはできません。
一方,イヌビワは受粉を果たし,子房に虫こぶを作られることもなく,種子を無事作ることができます。
産卵できなかったメスバチは,そのまま花嚢内で息絶えます。
秋から冬にかけて,雄株も再び花嚢をつけます。
イヌビワコバチが産卵し,卵からかえった幼虫はこの中で冬越しをすることになるわけです。