調べてみると,思いもよらず珍しいヘビでした。

朝,道を横切っていたヘビです。[写真1]
寒いせいか,動きが緩慢です。
おとなしいヘビで,顔のすぐそばに寄ってフラッシュを炊いたにもかかわらず,威嚇してくるようなことはありませんでした。
眼が小さくて,丸くて黒くて,優しそうな顔をしています。[写真3]

背面の正中線に黒い筋があり,体長は40cmほど。
頭が小さく,頸部のくびれがほとんどありません。
写真を見ていると,ウナギに見えてきます。

最初,シマヘビの幼体かと思いましたが,眼の感じが全然違います。(シマヘビの眼は,目つきがするどく,虹彩が赤い色をしています。)
次に,頸部のくびれがないことからジムグリを疑いましたが,大きさからするとジムグリなら幼体で,幼体ならばもっと派手な模様をしているはずです。

図鑑を一枚ずつめくっていると,ぴったりのヘビを見つけました。
タカチホヘビです。
山渓ハンディ図鑑10『日本のカメ・トカゲ・ヘビ』(2007年)には,タカチホヘビについて次のように書いてありました。

●大きさ 全長30~60cm。頭胴長25~46cm。孵化直後の幼体は全長約13.5cm。
●体の特徴 頭部はやや細長いが,吻端は丸みを帯びている。眼は比較的小さく,頸部のくびれは弱い。
 この仲間は基本的に鱗がビーズ状で,鱗と鱗の問が完全には重ならない。鱗の表面は美しい虹色の光沢を放ち,特に腹面は鮮やか。個体によっては背面の正中線上に細い暗色の線が走る。
 尾下板は2枚に分かれておらず単一で,正中線上に暗色の模様がみられる。
●見分け方 ヒバカリとは大きさや色彩,生息環境も似るのでよく誤認される。本種のほうが眼が小さいことでも区別できるが,鱗に虹色光沢があること,背面の鱗にキールがないこと,尾下板が左石に二分しないことなど,主観の入る余地のない違いもある。

保育社『原色日本両生類爬虫類図鑑』(1963年)には,

 日本本土産のヘビ類のうちでは,体の背面が褐色で正中線上に1本の黒条があることと,尾下板が対になっていないこととの2つの点ですぐに識別できる。

と書いてあり,背面正中線上に黒い筋のある,このヘビはタカチホヘビで間違いないようです。

[写真4]を見ると,鱗が重ならずにタイル状に並んでいるのがわかります。
[写真5]では,鱗の一枚一枚がフラッシュの光を反射して虹色に光っています。

タカチホヘビはよほど珍蛇扱いされるらしくて,多くの図鑑に「人の目に触れにくいが決して珍しいヘビではない」という趣旨のことが書いてあります。
ネットで検索するといまだに,珍しいヘビを見つけたかのような新聞記事が出ています。

珍蛇扱いされるのは,この蛇の発見時にセンセーショナルな取り上げられ方をしたことが影響しているようです。
タカチホヘビの名は,発見者の高千穂男爵に由来します。
発見者が男爵で,真珠光沢のある珍しい鱗を持つ蛇,とくれば話題性は十分ですね。

平凡社『日本動物大百科 第5巻』(1996年)には,次のように書いてありました。

タカチホヘビは1869年にW.ピーターズによって新属新種として記載された。模式標本の採集以後, B.シュマッカー(サキシマスジオの亜種名に名を残す)が1889年に箱根で採集したことも含め,初期の研究はすべて外国人の手になるものであった。1895年(明治28年)の7月(6月という説もある)に,日本人として初めて高千穂宣麿(たかちほ・のぶまろ)がこのヘビを福岡県の英彦山(ひこさん)において採集した。標本の提供を受けた波江元吉は1898年に,これを珍蛇タカチホヘビとして報告した。なお,和名は採集者の人名にちなむもので,宮崎県の高千穂峰にちなむという説は誤りである。
「珍蛇,見つかる」という最初の衝撃が強く,大きな話題を呼んだためか,人目にふれる機会のあまりない小蛇のゆえか,いかにも「珍しい」という募囲気の形態・色彩のゆえか,とにかく珍蛇であるという固定観念は強く広く知れわたっていった。そのことが,多少なりとも動物に関心を抱く人々の記録欲を刺激したらしく,発見されるごとに記録が報告された。現在ではむしろ普通種のヘビを抜いて,日本産のヘビではもっとも分布記録の多い種の1つとなっている。

[2021/2/20 追記]
写真を整理していたら,2005年6月15日に撮ったヘビの死骸がタカチホヘビだったことに気づきました。[写真7]
備忘のために追記します。