家の中を徘徊していたクモ。
少し大きめの黒っぽいクモです。
成体で越冬する種類のクモでも,冬の寒い時期は出歩かないものだと思っていましたが,今の時期でもウロウロしているクモはいるのですね。

この個体は,肢を除いた体長が11mm,触肢が大きいことから雄です。
名前を調べるため,新海栄一著『日本のクモ』(2006年)を1枚めくりすると,ヤチグモ科のメガネヤチグモかシモフリヤチグモが該当しそうです。

同書には,メガネヤチグモについて次のように書いてありました。

・体長:♀ 12~15mm ♂ ll~13mm

人家,倉庫,神社,寺院など建造物の周囲,壁の隅,板のつぎ目,すき間,塀の隅,窓枠の隅,植木鉢の下,石壇のすき間などに管状住居を作り,入口に小さな棚網を張る。都市型のクモで公園や庭園などに多く,山地や樹林地にはほとんど見られない。母グモは子グモに餌を与え保育をする。

同じく,シモフリヤチグモについては次のように書いてありました。

体長:♀12~15mm ♂8~13mm

メガネヤチグモ同様,人家,倉庫,神社,寺院の周囲,壁や塀の隅,植木鉢の下,公園や庭園のトイレ,ベンチの下,マンホールや側溝の隅などに管状住居を作り,入口に小さな棚網を張る。綱は管状住居と一体となり,全体が複雑な網のように見える。メガネヤチグモと同じ場所に生息し,大きさ,色彩や斑紋も似ているので同定には注意が必要。

「メガネヤチグモと同じ場所に生息し,大きさ,色彩や斑紋も似ているので同定には注意が必要」と書いてあり,写真を見比べただけでは分かりそうにありません。

さらに詳しく調べるため,小野展嗣編著『日本産クモ類』(2009年)をみてみました。
メガネヤチグモについては,次のように書いてありました。

体長雌13.0~15.0 mm。雄11.0~13.0 mm。後牙堤に3歯。胸部は赤褐色,腹部は灰褐色で矢筈斑を有する。歩脚は黄褐色で環斑は不明瞭。外雌器突起は左右に大きく離れて位置し,中央部はキチン化した構造が後方へ張り出す。北海道から九州まで広く分布する。

シモフリヤチグモについては,次のように書いてありました。

体長雌9.0~13.5 mm,雄10.0~12.0 mm。背甲は黄褐色で斑紋は明瞭である。前後牙堤に各3歯ある。歩脚は淡黄色で輪紋は明瞭である。腹部は淡灰色で灰黒色の山形斑は顕著である。ロート状通路つきの棚状の大きな捕獲網を張る。市街地でもよく見られる。産卵回数は4~6回,産卵数は17~59個/回, 147~306個/個体である。大隅諸島の種子島から北海道まで最も広域に分布する種であるが,トカラ海峡以南の琉球列島での分布は確認されていない。

メガネヤチグモは「歩脚は黄褐色で環斑は不明瞭」,シモフリヤチグモは「歩脚は淡黄色で輪紋は明瞭である」とあります。
この個体の歩脚の環斑は明瞭なので,少なくともメガネヤチグモではないようです。

同書によると,ヤチグモ類の日本での既知種は9属107種あり,現在でも新種の発見が多いそうです。
というのも,ヤチグモ類はバルーニングによる分散移動を行わず,専ら歩行により分布をひろげているので,地域ごとの種分化や個体変異が多いためだということです。

同書にヤチグモ科の属検索表が載っていたので,試してみました。
(雄の場合)
「触肢に膝節突起を有する」
→「触肢の膝節突起は1本」
→「触肢の膝節突起は脛節先端を越えない」
ここまでは[写真5]の通りです。

→「触肢の膝節突起は湾曲しない;指示器は螺旋状にならない」
「触肢の膝節突起は湾曲しない」はその通りなのですが,「指示器」がどの部分をさすのかが分かりません。
[写真5][写真6]は触肢を拡大したものです。
触肢はクモの種類によって形状が大きく異なるため,触肢の一般的な説明を読んだだけでは,各器官の名前さえ特定できませんでした。

とりあえず次に進むと,
→「触肢の移精針は非常に細長く杯葉の2倍もしくはそれ以上になる;杯葉溝が深く発達し,杯葉先端付近の隆起部にまで至る」
この条件に合致していれば,シモフリヤチグモ属になります。

「移精針」がどの部分をさすのかはっきりしないのですが,何か糸状をした細長いものがついているのは見えます。([写真6]の矢印部分)
触肢の先端部分は2~3mmと小さく,この糸状のものがどこから出ているのか,どのくらいの長さなのかははっきりしませんでした。

同書には,シモフリヤチグモ属について次のように書いてありました。

雄触肢の移精針が非常に細長く,基部から離れるにつれ不規則に湾曲する。杯葉先端付近の側面がこぶ状に隆起し,杯葉溝の終点となる。外雌器前縁中央に互いに近接した三角形の小突起を有する。東アジア全域に分布する。

この個体がシモフリヤチグモ属だとすると,大きさと生息分布域からみて,シモフリヤチグモということになると思います。