白川沿いの柵に,見なれない蔓が伸びていました。[写真13][写真14]
三角形の葉に,肉厚で毛むくじゃらの花が咲いています。
反り返った5弁の花びらが,ヒトデを思わせます。[写真1]
花びらの内側にはちぢれた細かな毛がびっしりと生えています。
観察のために茎をナイフで切ると,とたんに切断面から白い乳液が溢れ出して,すこし驚きました。[写真15]

「毛むくじゃらの花」でネット検索すると,すぐにヒット。
「ガガイモ」の花でした。
いかにも南方系の外来植物を思わせる名前ですが,古事記にも登場する由緒正しい在来植物です。
「イモ」は根ではなく実の形からきているそうです。
『朝日百科 植物の世界』(1997年)には,次のように書いてありました。

ガガイモの語源は不明だが,カガミイモが転じたものという説がある。古くは「蘿摩」と書き,江戸時代中期の『大和本草』には,「和名カガミグサ,又ジガイモ,ガガイモ,京都ニテハチクサト云」とある。カガミの名は『古事記』にも出ており,少名毘古那神(少彦名命)が出雲の大国主神のところへやってきたときに乗っていた蘿摩船は,ガガイモの果実の皮とされる。

神様がガガイモの船に乗ってやってきたということは,ガガイモもこの時期に日本に伝来したということを暗示している,とするのは深読みでしょうか。
古事記の該当箇所(『新編日本古典文学全集』(1997年))

故,大国主神,出雲の御大の御前に坐す時,波の穂より天の羅摩船に乗りて,鵝の皮を内剥に剥ぎて衣服に為て,帰り来る神有りき。
(さて,大国主神が出雲の御大の岬にいらっしゃる時に,波頭を伝って,天のガガイモの船に乗り,鵝の皮を丸剥ぎ剥いで着物にして,近づいてくる神がいた。)

ガガイモの受粉は,普通の花とは異なる少し変わった方法をとっています。
『朝日百科 植物の世界』(1997年)には,ガガイモ科の花について次のように書いてありました。

 ガガイモ科は,虫媒花を発達させた,進化のひとつの頂点に立つ植物群と考えられている。それは,5本の雄しべと,内側の2本の雌しべを合着させて肉柱体という特別な筒をつくっていることと,花粉を集めて花粉塊とよばれる団子をつくりだしたことによっている。筒には縦に5本の隙間が開いている。

 雄しべは雌しべと合着して,肉柱体と呼ばれる柱をつくる。肉柱体は筒状の構造をしており,筒の内側に2本の雌しべがあり,筒自体は5本の雄しべからできている。そして筒には縦に5本の細長い隙間が開いていて,この隙間には上向きの毛がはえており,隙間の真上には花粉塊がついている。花粉塊は,花粉粒が集まって団子状になったもので,ヤジロベエのような柄の先に2個の花粉塊がつき,柄の中心に小球とよばれるクリップの役目をするものがある。
 花に飛来した昆虫は,副花冠を足場にして,肉柱体の筒に開いている隙間に吻を挿入して内側の蜜を吸う。吸蜜後,昆虫は吻を抜こうとするが,開口部の縁が内側にめくれているので,吻は抜けない仕組みになっている。しかし,隙間には上向きの毛がはえているので,昆虫は吻を上方へだけ動かすことができ花粉塊を吻に引っかけて飛び去る。そして昆虫は,次に訪れた花の隙間へ花粉塊を挿入することになる。こうして花は,昆虫に花粉を運ばせるのである。

・雄しべは雌しべと合着して,肉柱体と呼ばれる柱をつくる
[写真3]は,花弁を外して花の中を見たところ。
雄しべらしきものが,肉柱体のなかに埋もれています。
肉柱体の先は,ひょろひょろと細く曲がりくねり,先端が2つに割れています。

・肉柱体は筒状の構造をしており,筒の内側に2本の雌しべがあり,筒自体は5本の雄しべからできている
[写真4]は,花を縦に切ったところ。
[写真7]は,花を横に輪切りにしたところ。
[写真8]は,肉柱体を上から順番に輪切りにしたところ。
肉柱体の外側に雄しべ,内側に雌しべがあります。

・筒には縦に5本の細長い隙間が開いていて,この隙間には上向きの毛がはえており,隙間の真上には花粉塊がついている。花粉塊は,花粉粒が集まって団子状になったもので,ヤジロベエのような柄の先に2個の花粉塊がつき,柄の中心に小球とよばれるクリップの役目をするものがある。
[写真5]は,花弁,咢を取り除いたところ。
肉柱体には縦の隙間があり,この隙間に上向きの毛が生えているはずですが,デジカメの接写では確認できませんでした。
隙間の真上に黒い豆粒のようなものがあります。
クリップ(小球)と呼ばれるもので,この両側に花粉塊がついています。
葯の覆いをとると,花粉塊とクリップが露出します。[写真6]

・花に飛来した昆虫は,副花冠を足場にして,肉柱体の筒に開いている隙間に吻を挿入して内側の蜜を吸う。
上記は同じガガイモ科のイケマを例に書かれています。
「副花冠を足場にして」とありますが,ガガイモの副花冠はイケマほど大きくありません。
ガガイモの副花冠は肉柱体の基部で,分泌される蜜の受け皿のようになっています。[写真5]

・吸蜜後,昆虫は吻を抜こうとするが,開口部の縁が内側にめくれているので,吻は抜けない仕組みになっている。しかし,隙間には上向きの毛がはえているので,昆虫は吻を上方へだけ動かすことができ花粉塊を吻に引っかけて飛び去る。
「開口部の縁が内側にめくれているので,吻は抜けない仕組みになっている」せいで,身動きがとれなくなる虫も多くいます。
[写真11]は,触角がひっかかって動けなくなり死んだアリです。
[写真9]は,針の先にくっついた花粉塊です。
重い花粉塊は,小さな粒子状の花粉よりも粘着性が高くなければならないはずです。
蜜がたっぷりと分泌されているのは,接着剤の役目をさせるためでもあるのでしょうか。

・そして昆虫は,次に訪れた花の隙間へ花粉塊を挿入することになる。こうして花は,昆虫に花粉を運ばせるのである。
吻に花粉塊をつけた虫が,次に訪れた花で吸蜜するために吻を肉柱体の隙間に差し入れると,引き上げる際に花粉塊が柱頭室に残されます。[写真10]
花粉塊はここで花粉管を発芽し,柱頭室側面にある柱頭面が花粉管を受け取ります。
一見柱頭に見える,細長く伸びた花柱の先端には花粉を受け取る機能がなく,柱頭ではありません。
(ここまで書いていてやっと気づきました。なぜ,この空間を柱頭室というのか。柱頭のある部屋という意味なのですね。)

今回調べるまで,ガガイモの花がこんなユニークな方法で受粉しているとは知りませんでした。
ポリネーターに微細な花粉ではなく,団子状になった花粉塊を運ばせようとすると,こうした工夫が必要になるのかもしれません。
でも,そもそも花粉を団子状にして運ばせる意味があるのか疑問です。
「進化のひとつの頂点」ではあるものの,他の植物に広まっていないということは,あまり効率的な方法ではないような気がします。