マツの切株に,白い泡のようなものがついていました。[写真1]
目を近づけてみると,枝状に手を伸ばしているようにも見えます。[写真3]
ひょっとしたら粘菌かなと思い採取することに。
ところが触ってみると革質で,裏返すとひだがあります。
これはキノコですね。

柄のない,扇形をした傘の上面に白い毛の生えた,すこし干からびたキノコ。
名前を調べてみると,スエヒロタケでした。
全世界に分布する,「きわめて普通種」とされるキノコです。
『山渓カラー名鑑 日本のキノコ』(1988年)には,スエヒロタケについて次のように書いてありました。

傘は径1~3cm,扇形,表面は白~ 灰色または灰褐色で粗毛におおわれる。ひだは白,灰色,淡褐紫色など。肉は革質で乾くと縮むが,水に浸すともとにもどる。胞子は4~6×1.5 ~2 μm。春~秋,枯れ木,用材などに普通に発生,白ぐされを起こす。

これといって特徴のないありふれたキノコのようですが,次のような但し書きが気になりました。

*30頁のミミナミハタケ属及びスエヒロタケ属は,現在ではヒダナシタケ目に分類されるのが普通である。その考えに従うと,これらの2属はヒラタケ科ではなく,それぞれミミナミハタケ科Lentinellaceae,スエヒロタケ科Schizophyllaceaeとなる。

図鑑ではハラタケ目ヒラタケ科スエヒロタケ属に位置づけられていますが,「現在では」ヒダナシ目スエヒロタケ科に分類されることが「普通である」とのこと。
どうも分類上の位置づけに議論のあるキノコのようです。
確かに形態的には,カワラタケとかウロコタケとかのヒダナシタケ類に見えます。
図鑑を調べた時にも,まずは図鑑の後ろの方にあるヒダナシタケ類のページをめくりました。
該当するものが見つからず,図鑑の最初の方から見直していて,偶然にハラタケ類の中に見つけることができました。

同図鑑は2011年に新分類基準(DNA分類)に基づく,増補改訂新版が出ています。
スエヒロタケがどう扱われているのか見てみました。
意外にも,掲載位置が変わっていません。
従前どおりハラタケルイ類のシイタケの次のページでした。
解説には,従前と同じ説明の最後に,次の文言が付け加えてありました。

(ハラタケ目スエヒロタケ科)

「ヒダナシタケ目に分類されるのが普通」とありましたが,結局ハラタケ目に分類されたようです。

スエヒロタケを特徴づけているのは,傘裏のひだです。
図鑑などには「縁にそって縦に裂けている」と表現されていますが,どういう意味かよくわかりません。
[写真15]は傘裏を拡大したもの。
これを見ても何か複雑で,縦に裂けているようには見えませんね。

普通のキノコのひだと比べるとどうでしょうか。
[写真16]はエノキタケ(→2017年1月6日)の傘裏です。
きれいです。
薄い刃のようなひだが,放射状に整然と並んでいます。
それに比べてスエヒロタケのひだは,迷路のように複雑で,ひだに厚みがあります。

実はスエヒロタケのひだの裂け目は,乾燥時には側面が内側に巻いて,閉じるようになっています。
東洋書林『世界きのこ大図鑑』(2012年)には次のように書いてありました。

ひだには縦に明瞭な裂け目があり,その側面は,乾燥時に内側へ巻き込み,湿時には伸びて開く。

独特の縦に裂けたひだは乾燥した気候に適応したもので,これによって乾燥時に胞子を作る面(子実層)を守る。

10分ほど水に浸して,乾燥時と湿時を比較してみました。
傘の端を切り,断面が見えるようにしています。
[写真11]が乾燥時,[写真12]が湿時。
[写真13]が乾燥時,[写真14]が湿時。
見てみると,単純に一つのひだが二つに割れているというものではないようです。

こうした縦に裂けたひだを持つキノコは,スエヒロタケ属だけだということです。
東洋書林『世界きのこ大図鑑』(2012年)

スエヒロタケ(Schizophyllum)属以外に,縦に裂けたひだをもつきのこのグループはない。チヂレタケ(Plicaturopsis crispa)の傘も,丈夫で毛に覆われ,波形をしているが,裏側にあるのは脈状のひだである。扇形をしたチャヒラタケ(Crepidotus)属の種は,細いがふつうのひだで,胞子は褐色。

さらにスエヒロタケのひだは,「偽ひだ」です。
保育社『原色日本新菌類図鑑(Ⅱ)』(1989年)

ヒラタケ型の強じんな肉質をもった子実体(傘のみからなる)を形成するが,傘の下面に形成されるひだ状の構造は,個々に独立した子実層の縁が互いに隣り合ってできているもので,真のひだではなく,いわゆる偽ひだである。偽ひだは肉眼でみると,縁にそって縦に裂けている。

世界中のどこにでも生えている「最高に分布の広い種のひとつ」で,日本でも普通に見られるキノコですが,調べてみると意外に個性的なキノコでした。