シャーレに入れていたミノムシが,いつの間にか羽化していました。
小さなガが蓑につかまり,はげしく翅を震わせています。[写真3]
蓑のお尻からは空になった蛹がにゅっと突き出ていて,なんとも奇妙な光景です。[写真1][写真2]

このミノムシは,6月下旬にサカキの花を観察した時に,枝先に一緒にくっついていたものです。(→2019年6月24日
シャーレに入れて,葉っぱも一緒に入れていたのですが,全然葉を食べず動き回ることもしなかったので,死んでいるのかなと思っていました。

採取した6月下旬には,蓑から幼虫が頭を出していたので,蛹化したのはその直後だと思います。
蛹化から羽化まで,ひと月弱ということになります。

蓑のまわりに小枝を付けている特徴から,このミノガはチャミノガのようです。
小学館『日本大百科全書』(1987年)には,チャミノガについて次のように書いてありました。

雄のはねの開張23~26ミリ。体は黒色で褐色毛を密生している。はねは暗褐色,前翅の翅脈上は黒く,外縁は白紋がある。幼虫はミノムシで,きわめて多食性。チヤ,そのほか各種の樹木や低木に寄生し,多発するとかなりの被害がある。蓑は周囲に小枝をつけ,きわめてじょうぶにできている。雌は蓑の中で羽化し,産卵後その中で死ぬ。7,8月に卵から幼虫となり,秋に蓑の上端を枝に固着させ,開口部を閉じて越冬し,翌春ふたたび口を開いて摂食し,5月ごろ踊化する。成虫は6,7月に羽化する。雄は活発に飛び,蓑に入った雌に到達して交尾を遂げる。

保育社『原色日本蛾類図鑑』(1991年)には,次のように書いてありました。

開張23~27mm。頭部は小さく暗褐色の長毛におおわれ,触角は羽毛状。胸部背面は暗褐毛におおわれ,腹部は暗褐色。腹面並びに脚は褐色長毛におおわれる。前脚の脛節には長い1本の距がある。♀は全く脚及び翅を欠く。6~7月頃成虫発生し,幼虫は蓑中にいてほぼ成長した幼虫で越冬する。サクラ・チャ,その他種々の植物の葉を食害する。

この個体は,翅があるので♂です。
♀は「全く脚及び翅を欠」きます。
つまり♀は,羽化しても蛆虫状で飛ぶことができません。

チャミノガに限らず,ミノガの♀の一生を見ると切ないものがあります。(人を尺度とした感傷にすぎないのですが)
♀は一生を蓑のなかで過ごします。
羽化しても,翅も眼も脚もなく,体の大部分は卵のぎっしりつまった腹部です。
性フェロモンを放ち,やってきた♂と交尾,蓑のなかで産卵し,孵化を見届けると,蓑から脱出,落下して死にます。

羽化した♂も,生殖に特化した姿であることには変わりありません。
♀の放つ性フェロモンを探知するための大きな羽毛状の触覚[写真6],移動に必要な力強い翅[写真3],♀を見つけるための大きな複眼[写真5]を持ちますが,摂食のための口(口吻)を持ちません[写真5]。
♀を見つけ交尾するためだけに羽化するのです。

キチョウの♀が羽化すると同時に,近くで待機していた♂が交尾したのを目撃したことがあります。(→2005年9月21日
セミも土中から出て羽化するのは繁殖のためですし,1年しか生きられない虫にとって,羽化というのは生殖行為の一部といえるのかもしれません