低いゆっくりとした声が,グウッ,グウッと,狭い川幅にこだましています。
この川は,雨の日以外は水らしい水も流れていない,山水が集まるだけの小さな川です。
両岸から草や木が覆い,うす暗く,すこし不気味な感じさえします。[写真8]

どんなカエルが鳴いているのか気になって,今までに何度も岸にしゃがみ込んではじっと川底を眺めていたのですが,声はすれど姿は見えず,どんなカエルが鳴いているのか謎でした。
今回,意を決して,川底に降りてみました。

しかし,やはり鳴き声のみ,姿がみえません。
声のする方向を探すと,みんな石垣の隙間から聞こえてきます。
のぞき込んでも真っ暗で姿は見えません。
鳴き声だけが隙間の空間に反響して大きく響いています。
上からのぞいても姿が見えないはずです。

幸いに1匹だけ姿を見ることができました。[写真1]
捕まえて家に持ち帰り,写真を撮りました。
実におとなしいカエルです。
ひょうひょうと無抵抗,置物のようにじっとしています。
いとおしくなって写真を撮ったあとはすぐに,元の場所に戻してあげました。

『山渓ハンディ図鑑9 日本のカエル』(2002年)で検索すると,このカエルはタゴガエルでした。
同書によると,本州で茶色いカエルは4種。
まず,指先でアカガエルのなかまとタゴガエルのなかまを区別します。
アカガエルのなかまの指先はただ丸いだけですが,タゴガエルのなかまの指先は丸いこぶ状になっています。
[写真4][写真6]を見ると,指先が丸く球状になっているのがわかります。

次に後肢の水かきで,タゴガエルとナガレタゴガエルを区別します。
水かきが大きければナガレタゴガエルで,小さければタゴガエルです。
[写真7]を見ると水かきが小さく,タゴガエルであることが分かります。
またナガレタゴガエルは,繁殖期には皮膚がたるんでひだ状になるそうです。

同書には,タゴガエルについて次のように書いてありました。

伏流水(地表下の水流)の中で産卵を行うアカガ工ル。人目につかないので,生態は分からないことが多い。名前は,両生類学者の田子勝弥氏へ献じられたもの。地域により,形態が異なり,伏流水以外で産卵を行うものも知られている。近い将来,いくつかの種か亜種に分けられる可能性が高い。
●大きさ 30~59mm。
●体の色 背中は黄土色から赤褐色までさまざま。
●すみか 山地,森林内の渓流付近。地域により平野にも見られる。
●鳴き声 岩の下や地下で,グゥッグゥッゲェッゲェッと低い声で鳴く。
●卵とオクマジヤクシ 繁殖は3~6月だが,多くの地域で4~5月に集中する。産卵は渓流近くの伏流水で行う。ときに岩の割れ目など,比較的発見しやすい場所で鳴いているオスも見つかる。卵数は30~160個ほどで,日本のカエルとしては非常に少ない。これは本種が,卵黄の大きな卵を産むためと考えられる。ふ化したオタマジヤクシは,この大きな卵黄だけを栄養分にして成長し変態する。自然の状態では分かっていないが,飼育したかぎりでは餌を与えても食べなかった。このように“餌を食べないかも知れないオタマジャクシ”は,約20mmまで成長し,7~8月には変態して上陸する。

タゴガエル(田子蛙)という名前から,田んぼに棲むカエルかと思いましたが,「タゴ」とは人名だったのですね。

付近で見かける茶色いカエルは,今までは「ニホンアカガエル」か「ヤマアカガエル」だろうと思っていました。(→2007/5/92006/6/102005/8/12002/10/8
しかし今回写真を見返してみると,指先に丸いこぶ状のふくらみがあります。
タゴガエルはもっと山奥の渓流にすむと思っていたので,最初から候補にあげていなかったのですが,意外に身近にいたのですね。

この2,3日この場所で,鳴き声が聞こえなくなりました。(別の場所では,モリアオガエルが盛んに鳴いています。)
今日(5月21日),もう一度川に降りて,卵かないか,あるいはオタマジャクシが泳いでいないか探してみましたが,カエルの姿もなにも見つけることができませんでした。