ケンポナシの樹下に,果実をつけた小枝がたくさん落ちていました。[写真1]
ひろいあげると,甘い匂いがします。
森のなかであれば,きっとタヌキやテンといった動物を惹きつけていることでしょう。
この甘い匂いは,果実ではなく,果実を付けている枝(花柄)の部分から発しています。
[写真4]は,肉厚になった花柄を縦に切ったところ。
かじってみると,干しブドウやなつめといったドライフルーツ系の味がします。
平凡社『世界大百科事典』(2005年)には,ケンポナシについて次のように書いてありました。
丸い大きな葉をもつクロウメモドキ科の落葉高木。晩秋に花序の先端部がふくれて肉質になり,果実とともに落ちる。これは甘くて食べられる。ケンポナシはテンポナシ(手棒梨)がなまったもので,ふくれた花序の柄に由来するという。
果実はほぼ球形で,革質の果皮に包まれ,中に光沢のある平たい3種子がある。北海道(奥尻島),本州,四国,九州,朝鮮,中国に分布する。本州,四国ではケケンポナシ H. tumentella Nakaiが普通で,果実に毛があり,葉もやや厚い。ケンポナシは果柄が子どもや野生動物の食用となり,時には売られることもある。また果柄や果実には利尿作用があり,漢方薬や民間薬として利用される。
「ケンポナシは果柄が子どもや野生動物の食用となり,時には売られることもある。」そうですが,フルーツとしてたくさん食べるものでもないので,売られているのは果実酒や民間薬用でしょうか。
「本州,四国ではケケンポナシが普通」で,本種も正確には「ケ(毛)ケンポナシ」です。
[写真3]では,果実の毛はわかりにくいですが,8月に撮った[写真6]を見ると,果実に毛が生えている様子がよくわかります。
「果実はほぼ球形で,革質の果皮に包まれ,中に光沢のある平たい3種子」があります。
[写真5]は,果実から取り出した3個の種子。
4~5mmの大きさで,堅くて,表面はつるつるしていています。
ケンポナシは,果実が動物に食べられ,糞と一緒に未消化の種子が排出されることによって種子を散布する,被食散布型の植物です。
小さくて,堅くて,つるつるした種子は,いかにも消化不良をおこしそうですね。
くねくねと曲がった太い花柄に,果実がひと固まりとなるようにからまっている,奇妙な形も,動物に甘い花柄と一緒に種子も飲み込んでもらう工夫なのでしょう。
人が果実を味わう時,実際に食べている部分は,例えばカキは中果皮,ミカンは内果皮,偽果であるナシ,リンゴは花床部と様々ですが,枝の部分が変化して果実の役割をするというのはかなり変わっています。
他にそんな例はないだろうと思っていましたが,意外なことにイチジクも,枝が変化して果実の役割をしているそうです。
小林正明著『花からたねへ』(2007年)には,次のように書いてありました。
花を支える枝が変化して,果実の役割をするようになった種類がある。この役割をする種類にはケンポナシ型とイチジク型の2つがある(図)。枝が果実の役割をするという意味では,花托が変化するノイバラなどや,さらに子房下位の仲間もこれに近い。